(出典 img.jisin.jp)


JUJUが紅白歌合戦に出場することが分かりました。

これにネットではどのような声が挙がっているのでしょうか?

■ネットの声

がっち
@gacchidai5p

JUJU初めてなのか

2020-11-14 09:53:43

(出典 @gacchidai5p)

そらら
@moemoesorara64

本当に‼️JUJUさん、紅白出るの?万歳しちゃう🙌#JUJU

2020-11-14 09:53:29

(出典 @moemoesorara64)

まーくん@音楽垢
@Viva_Superfly

@Dispe34hmp15 JUJUのジャズ絶品ですよね!Take Fiveとか紅白で聴いてみたいです!

2020-11-14 09:52:45

(出典 @Viva_Superfly)

ゆずみそかん(噛)→なにみそさん?
@u2miso5n

ん?JUJUさん紅白常連だと思ってたw

2020-11-14 09:52:34

(出典 @u2miso5n)

クー
@cinobouquet

JUJU 紅白初出場内定せかほしでNHKに貢献してるんだから遅すぎるくらいだよ、、、でも嬉しいな♡楽しみ#juju#紅白#初出場

2020-11-14 09:51:49

(出典 @cinobouquet)

あくび
@akubee_dera

JUJU初出場なの意外!めでたい!

2020-11-14 09:51:29

(出典 @akubee_dera)

🌱アコ
@a0k0o

JUJUが紅白と聞いてめっちゃ嬉しい😆😆歌手活動でとても苦労されたというエピソード知ってからすごく好きになったからめちゃ応援してる

2020-11-14 09:51:09

(出典 @a0k0o)

ショーン
@s_amnos_1999

jujuって紅白出たことなかったんや初耳

2020-11-14 09:50:52

(出典 @s_amnos_1999)

ねっち💪🥬
@3104_oh

JUJUって紅白出たことなかったの!?

2020-11-14 09:47:12

(出典 @3104_oh)

もぐりのOL@猫ロス中の元旅人
@Nyan2Rs

@YahooNewsTopics や、やったー!JUJU姉さんが出る!酒だ!酒を用意せねば‼︎✨🍺宴じゃ宴じゃ!

2020-11-14 09:43:19

(出典 @Nyan2Rs)

■関連情報
1976年[3][4]2月14日 - )は、日本の歌手ソニー・ミュージックアソシエイテッドレコーズ所属。身長166cm。

人物

広島県庄原市生まれ。12歳でジャズシンガーを志し、18歳で単身渡米。ジャズを始めR&B、ヒップホップ、ソウルといったニューヨークの音を吸収し独自性を確立。ストリートでの活動が噂となり、日本国内のほぼ全てのメジャーレーベルからデビューのオファーを受けるが、自らの音楽性の追求の為、さらに2年近くニューヨークで活動を継続。2004年、シングル「光の中へ」でメジャーデビューを果たす。[5]

その卓越したトーク力や女性をターゲットにした作品や商品とのタイアップやコラボ、自身のブランドを運営するなどスタイリッシュなイメージにより、20代〜30代の女性を中心に高い支持を受けている[6]

J-POPファンから好まれるバラードだけでなく、ジャズからヒップホップ、ハウス、ソウル、R&B、EDM、歌謡スタイルなどまで幅広い音楽性を持ち、ほかのアーティストとのコラボも盛んに行っている[7][6][8][9]。特にジャズへの思い入れは強く、ジャズシンガーへ憧れを抱き、「JAZZは人生の教科書」と語っている[10]。またポップスと並行してジャズをテーマにした活動も継続している[11]

尊敬する歌手はサラ・ヴォーン、元ディー・ライトレディ・ミス・キアー英語版、そしてキャロン・ウィーラーの3人で、冗談交じりで「機会があったら彼女たちと声帯を取り替えたい」と話すほど[5][12][13][14]

好きな日本人アーティストは松任谷由実で、本人曰く「マニアって言っていいくらい大好き」[15]。「日本の音楽といえばユーミン」とも語っている。その後、プライベートでも交流を持つようになった[16]

芸名の由来は、ウェイン・ショーターアルバム『JuJu』から[5][17]。2000年、翌日までにシンガー名を決めなくてはいけない時にニューヨークの路上で売られていたカセットテープの中に当時将来への不安を紛らわすために精神安定剤代わりに聴いていた『JuJu』を見つけ、天の声だと思ってそれにあやかることにした[5][9][12][18]

本名は一応非公表ということになっているが、いくつかのテレビ番組[19][20][21]に出演した際に、名字は「園田」で名前は「淳」(読みは「ジュン」)であることを明かしている[要出典]。また生年も同様に非公表で、テレビ番組[22]などでは「永遠の100歳」を自称する[注 1]が、こちらも自身のテレビ番組中での発言により1976年生まれであることが判明している[3][4][21]

デビュー後に出したシングル2枚が全く売れず、契約でももめて歌手生命が終わりそうだった2005年、制作チームに入っていた音楽プロデューサーの川口大輔[注 2]にそれまでの歌い方を否定される。当時のJUJUは子音を立てたりアドリブを入れたり強いビブラートをかけたりというジャズなどの影響を受けたクセのある歌い方であったが、川口に邦楽だとそれでは日本語が濁って届かないので、はっきりと発音するよう指導された。シンガーとしての経歴を全て否定されたような気分になったが、アドバイス通りに歌ったテイクをそれまでのものと聞き比べた結果、川口の指摘が的確であったと納得した。これを機に自らを顧みたところ、ジャズ以外の音楽も好きな自分は色々なジャンルの曲を歌う歌手になりたいのだと思い、「ジャズシンガーになりたい」という拘りを一旦封印することにした。以後、日本語を大切にする歌い方に変えたところ、3rdシングル「奇跡を望むなら...」がヒットした。[7][14][18][24]

2011年、ジャズの名門ブルーノート東京で初めて念願のジャズスタイルでのライブを行い、初のジャズ・カバーアルバムをリリースをした際には、歌い方を以前のものに戻した[10][14][24]