(出典 static.chunichi.co.jp)

17日の内閣と自民党による故中曽根康弘元首相の合同葬にあわせて、何が弔意だふざけんな」がトレンド入りしています。

ネットではどのような意見が挙がっているのでしょうか?

■ネットの声

kame_papa
@usotsuitter

国民主権・基本的人権を忌み嫌い、戦前回帰を党是とする自民党にとって、戦前を今に繋ぐ中曽根をフィーチャーすることが路線の維持強化のために必要なのだろう。#何が弔意だふざけんな#極右カルトだけで勝手にやってろ

2020-10-17 14:50:43

(出典 @usotsuitter)

アイちゃん
@aichan_0321

税金の使い道を間違えている💢#何が弔意だふざけんな

2020-10-17 14:50:25

(出典 @aichan_0321)

RiN🌻
@onepiece0421320

#何が弔意だふざけんな税金で賄うな誰の金だと思ってんだ。一般市民より金持ってんだから自分らで出して自分らで勝手にやれ。いつからラリった政治家しか居なくなったんだ日本は。

2020-10-17 14:50:24

(出典 @onepiece0421320)

横 浜 の は あ ち ゃ ん ♒
@hama_haatyan

#何が弔意だふざけんな 「ふざけんな」まではいかないけど中曽根元首相はそんなに特別な存在なんですかねぇ🤔🤔🤔🤔🤔

2020-10-17 14:50:05

(出典 @hama_haatyan)

山田実理@FTM/ASC
@mitsusato_

#何が弔意だふざけんな というタグが流行ってるようだ。そう思うのももっともだよな。しかも本番の葬式はもう終わってるし。茶番すぎる。大勲位どののことは大っ嫌い。好景気の日本をロンヤス茶番をかました人、靖国問題を作り出した張本人という認識しかない。

2020-10-17 14:50:02

(出典 @mitsusato_)

三代目
@nrw8PMqtbh7y7fl

内務省時代を知ってるなら#何が弔意だふざけんな

2020-10-17 14:49:52

(出典 @nrw8PMqtbh7y7fl)

Y- Maehara
@T_Birds_Maehara

中曽根が亡くなったのいつだよ。党内で勝手にやってろよ。 #何が弔意だふざけんな

2020-10-17 14:49:48

(出典 @T_Birds_Maehara)

凡人エリック
@No_Zey_2020

「失われた30年間」は事実上中曽根政権が引き起こしたようなもの。特に消費税と派遣法は重罪といっていい。こうしたツケを残した元首相の合同葬で税金9600万円が使われるのは納税者としては我慢ならない。#何が弔意だふざけんな… https://t.co/IgKkXfkbZh

2020-10-17 14:49:10

(出典 @No_Zey_2020)

sekainoyakann
@sekainoyakann1

中曽根元首相の合同葬で国民の税金が1億円いい加減にしろ、税金は使うな、自民党だけでしろ。コロナで倒産や失業に回せ。#何が弔意だふざけんな

2020-10-17 14:49:08

(出典 @sekainoyakann1)

まうまう
@maumau350

従軍慰安婦や原発など、現在に至る負の遺産を残した男。にも関わらず税金で葬式を催し弔意を求める自民党の姿勢からは過去から学ばないという強い意思を感じます。#何が弔意だふざけんな

2020-10-17 14:49:01

(出典 @maumau350)

■関連情報

中曽根 康弘中曾根 康弘、なかそね やすひろ、1918年大正7年〉5月27日 - 2019年令和元年〉11月29日)は、日本政治家

自由民主党では三角大福中の一角を占め、第71・72・73代内閣総理大臣に就任。国鉄民営化を成し遂げるとともに、ロナルド・レーガン大統領とのロン・ヤス関係や不沈空母発言で、貿易摩擦等により悪化していた日米関係を改善させ、強固なものとした。若手議員の頃は青年将校と呼ばれ、後に原子力関連法案の議員立法にも尽力。首相公選制を唱え、憲法改正を悲願とした。小派閥を率いる中で「政界の風見鶏」と呼ばれることもあった。

衆議院議員連続20回当選(1947年 - 2003年)。科学技術庁長官(第725代)、運輸大臣第38代)、防衛庁長官第25代)、通商産業大臣(第3435代)、行政管理庁長官第45代)、内閣総理大臣(第717273代)、自由民主党総務会長、自由民主党幹事長自由民主党総裁(第11代)、公益財団法人世界平和研究所」会長、拓殖大学第12代総長・理事長、名誉総長、東アジア共同体評議会会長、新憲法制定議員同盟会長などを歴任[1]位階従一位勲等大勲位菊花章頸飾

概要

群馬県出身。東京帝国大学法学部政治学科卒業後、内務省に入省する。海軍短期現役制度で戦時中に海軍主計士官に転じるも、敗戦後には内務省に再勤する。退官後、衆議院議員に当選。以来、中曽根派を形成するなど自由民主党内で頭角を現し、科学技術庁長官をはじめとして運輸大臣防衛庁長官通商産業大臣行政管理庁長官などの閣僚経験を経て、1982年(昭和57年)から1987年(昭和62年)にかけて内閣総理大臣を務める[1]国鉄電電公社専売公社日本航空民営化を達成した事績が特に知られる。またアメリカロナルド・レーガン大統領と「ロン・ヤス」関係と呼ばれる信頼関係を構築して日米安全保障体制の強化にも努めた。

2004年(平成16年)7月19日鈴木善幸が死去したことにより最年長の首相経験者となり、昭和時代の歴代総理大臣の中で最後の存命者となった。歴代総理大臣の中では死去時102歳48日の東久邇宮稔彦王に次ぐ長寿の首相経験者であり、現行憲法下で首相就任を果たした人物としては最高齢である。2018年(平成30年)5月27日には満100歳を迎えた。これも首相経験者としては東久邇宮稔彦王に続く2人目、現行憲法下で首相就任を果たした人物としては初となった。

公称の身長は178cmであり、歴代の内閣総理大臣では大隈重信の公称180cmに次ぐ第2位の長身といわれている。