注目トピックスch

国内から海外まで、様々なジャンルで注目されているトピックをネットの声と共に紹介致します。


ママタルト (大鶴肥満からのリダイレクト)
ママタルトは、サンミュージックプロダクションおよび漫才協会に所属する日本のお笑いコンビ。 大鶴 肥満(おおつる ひまん、1991年7月20日 - )(32歳) ボケ担当。 東京都練馬区出身、明治大学情報コミュニケーション学部卒業。身長182cm、体重189.5kg。旧芸名及び本名、粕谷 明弘(かすやあきひろ)。…
44キロバイト (4,809 語) - 2024年3月22日 (金) 03:12

(出典 www.lmaga.jp)


ここまではいかないですね~

1 muffin ★ :2024/03/15(金) 17:18:28.66 ID:iSMxOncT9.net
https://news.yahoo.co.jp/articles/9043b4ecddcc3dda7ae9cfcfe53b9a051253a2e0
3/15(金) 16:42配信デイリー

お笑いコンビ・ママタルトが14日、テレビ朝日公式YouTube「動画、はじめてみました」に登場。巨漢の大鶴肥満がダイエットについて触れた。
中略

話題は、大鶴の食事になり、大鶴は「食べますよね。でも、たくさん食べるでしょ?って言われても自分が基準だから分からない」と苦笑い。食事の回数も「残念ながら3食なんです」と5食も6食も食べていないと主張だ。

それでも現在の体重は「189キロ以上」だといい、「1週間麦飯に変えただけで、9キロ痩せた。ダイエットにはたけてます」と、たった1週間、大して食事制限をせずとも9キロ減ったと胸を張った。

だが薄幸は「180キロの9キロは話が違うんだよね」とズバリ指摘。肥満も「(ほっぺを)コスっただけでも落ちるかも」と笑い、「80キロ痩せたところでまだ100キロ残ってる。これからダイエットする人みたい。つまんない」とまだ、本気でダイエットに取り組むつもりはなさそうだった。

全文はソースをご覧ください

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小森 まなみ(こもり まなみ、10月16日 - )は、日本のラジオパーソナリティ、歌手、声優、エッセイスト。夫はアニメーション監督の山崎理、長男は医師で小説家のあさぎり水脈。 作家として小森眞奈美、童話作家としてこもりまなみの名義でも活動している。日本児童文芸家協会会員。NPO法人メディカルメイクア…
65キロバイト (8,589 語) - 2024年3月18日 (月) 00:26

(出典 img.aucfree.com)


ラジオが主戦場みたいな感じでしたね~

1 朝一から閉店までφ ★ :2024/03/15(金) 16:05:19.51 ID:9z09iE8V9.net
2024年03月15日 15:00

MANTANWEB編集部

 ラジオパーソナリティーや歌手、声優などとして活躍する小森まなみさんの伝説のラジオ番組「mamiのRADIかるコミュニケーション」・「小森まなみのPop’n!パジャマ」が一夜限り復活することが分かった。
小森さんは、アーティストデビュー40周年を迎える3月31日に自身の活動を“マイクオフ”することを発表しており、「小森まなみのPop’n!パジャマ RV-マミ姉40周年ありがとうマイクオフSP」が東北放送で4月13日深夜3時、
「mamiのRADIかるコミュニケーション-小森まなみ40周年ありがとう マイクオフSP」がTOKAI RADIOで4月20日午後7時に放送される。

 「mamiのRADIかるコミュニケーション」はTOKAI RADIOを中心に1984年に放送を開始し、2009年の終了まで、約25年間にわたって愛されたラジオ番組。2019年には生放送で復活したことも話題になった。
「小森まなみのPop’n!パジャマ」は東北放送を中心に1994年に放送開始。両番組は“マイクオフ”を迎える直前に収録され、小森さんの最後の番組収録となる。
 小森さんは1980年4月に本格ラジオデビューし、1983年12月にアーティストデビュー。アニメ「魔法のプリンセス ミンキーモモ」「21世紀まんがはじめて物語」「桃太郎伝説」「映画 おジャ魔女どれみ♯」などの主題歌を担当したほか、
作家としてエッセー、児童書、実用書などを出版してきた。自身のファイナルベストアルバム「40周年記念 小森まなみファイナルベストアルバム」が2月21日に発売された。

https://mantan-web.jp/article/20240315dog00m200004000c.html

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松尾 (まつお きよし、1968年1月4日 - )は、日本の音楽プロデューサー、作詞家、作曲家、音楽ライター、小説家。 Never Too Much Productions代表。通称はKC。本名「松尾潔」名義での作詞・作曲活動の他に、小山内舞及び立田野純名義での作詞も多数ある。 血液型はA型。…
30キロバイト (3,350 語) - 2024年3月25日 (月) 20:15

(出典 www.nippon.com)


有名どころばかりですね~

1 湛然 ★ :2024/03/15(金) 06:25:12.92 ID:s6SLpF769.net
松尾潔「ディーバブームの流れをつくった」UAから受けた衝撃を語る
3/14(木) 16:12 RKB毎日放送
https://news.yahoo.co.jp/articles/f12d5aa0cb5e576f2316178ae74d5e75eeab69c8?page=1


MISIA・宇多田ヒカルに代表される「ディーバブーム」。その流れをつくったのはUAの4枚目のシングル「情熱」だった、と音楽プロデューサーの松尾潔さんは振り返る。3月11日に出演したRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で、「音楽の流れを変えた」とUAが世に出たときの衝撃を語った。

■MISIA・宇多田ヒカルが世に出る流れをつくる

52年前のきょう、1972年3月11日に生まれた歌手のUAさん。代表曲の「情熱」は、音楽の流れを変えた曲です。僕のような、元々アメリカのブラックミュージックが好きで、それをきっかけに音楽をつくる世界に入ってきた人間からすると、1990年代後半、特に98年のMISIAさんや宇多田ヒカルさんのデビューは、大きな出来事でした。

それを境にして「MISIA・宇多田ヒカル以降」という言い方をされることがありますが、実はそれ以前に、その呼び水というか、流れを作った決定的なヒットがあって、それが1996年にリリースされたUAさんの「情熱」なんですね。

この曲はUAさんと、大変優れた音楽家である朝本浩文さんが一緒に作りました。朝本浩文さんは北九州出身で、明治学園OBです。僕も面識がありますが、彼は元々、ダブと言われているジャマイカの音楽形態のMUTE BEATのキーボーディストとしてまず有名になります。

そんなアンダーグラウンドの有名人だった朝本さんがUAさんと組んで、90年代に全盛を迎えるサブカルチャーの匂いプンプンで表舞台に出てきました。R&Bとも似て非なる、サブカルチャー、クラブカルチャーの一つとして「R&B的要素が強い」という感じで出てきたのがこの「情熱」だったんです。

■スタートは藤原ヒロシがプロデュース

「情熱」は、UAさんの名前を一躍有名にしました。そのときUAさんは24歳、「情熱」は4枚目のシングルでした。当時、すでにUAさんは音楽業界で「この子来るよ」って言われていたんです。感度の高そうな、感性の鋭そうな歌い回し、それをスタッフ陣がバックアップしていました。

そして、彼女がデビューするにあたってプロデューサーを務めたのは、もともとファッションの世界でこの国を代表するような活躍をしているクリエイターの藤原ヒロシさん。いわば「藤原ヒロシpresents UA」っといった色合いが強かったですね。

デビューシングル「Horizon」は藤原ヒロシさん作曲プロデュース、作詞はUAさん自身。この曲で藤原ヒロシさんと一緒に音作りを担っていたのが朝本浩文さんで、のちに藤原さんがプロジェクトから離れ、朝本さんとがっつり組んで出したのが「情熱」でした。

■ディーバブームという大潮流を生み出す

UAさんの「情熱」は今もずっと語り継がれていますが、リリース当時オリコンでトップテンに入っていませんでした。ただ、すごく息の長いヒットになりました。その後MONDO GROSSOの大沢伸一さんが関わった「リズム」や、再び朝本さんと組んでの「雲がちぎれる時」、こういったものがどんどん世に浸透していきます。

UAさんの楽曲は、お昼にFMラジオから流れてきても、そこがまるでクラブのような感じになる、ある種の夜遊び感。それがお茶の間にうまく接点を見つけていくんですね。そして、UAさんにとって初めて、そして唯一のトップテンシングル、それが「甘い運命」という曲です。これも朝本さんが手がけました。

「甘い運命」がオリコンのトップテンに入ったのが1997年春。UAさんが96年の「情熱」から97年の「甘い運命」までの1年足らずの間に成し遂げたことは、その翌年からのいわゆるディーバブームです。宇多田ヒカルさんやMISIAさんを筆頭に、朝本さんが関わっていたSugar Soulなども。そういった大潮流を生み出していくわけですね。

(※以下略、全文は引用元サイトをご覧ください。)

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